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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)259号 判決 1999年5月27日

神奈川県相模原市文京2丁目6番16号

原告

エクアールシー株式会社

代表者代表取締役

齊藤和彦

東京都台東区東上野3丁目21番6号

原告

トーリ・ハン株式会社

代表者代表取締役

原章

原告ら訴訟代理人弁理士

澤木誠一

澤木紀一

横浜市港南区上大岡西1丁目6番1号

被告

東洋リビング株式会社

代表者代表取締役

牛田唯一

訴訟代理人弁理士

三好秀和

岩﨑幸邦

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1  原告らの求めた裁判

「特許庁が平成8年審判第15649号事件について平成9年8月21日にした審決を取り消す。」との判決。

第2  事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

原告らは、名称を「湿気除去装置」とする特許第2050816号発明(平成1年4月25日特許出願、平成7年8月9日出願公告、平成8年5月10日設定登録。本件発明)の特許権者である。

被告は、平成8年9月20日、本件発明につき無効審判を請求し、平成8年審判第15649号事件として審理されたが、平成9年8月21日、「本件発明の明細書の請求項第1項、第2項に記載された発明についての特許を無効とする。」旨の審決があり、その謄本は同年9月22日原告らに送達された。

2  本件発明の要旨

請求項1

「乾燥剤容器と、この容器内に設けた加熱機構と、温度変化によつて状態変化を起こす形状記憶合金と、この形状記憶合金に通電することによってこれを加熱する機構と、上記2つの加熱をON、OFFする機構と、上記形状記憶合金の状態変化によって駆動される機構とより成ることを特徴とする湿気除去装置。」

請求項2

「上記乾燥剤容器の周りに配置された熱反射板を有する請求項1記載の湿気除去装置。」

(別紙図面参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本件発明の要旨は前項のとおりと認める。

(2)  被告(請求人)の審判における主張

(a) 請求項1に係る本件発明は、本件出願前に頒布された審判甲第1(本訴甲第2)、審判甲第2(本訴甲第3)、審判甲第3(本訴甲第4)及び審判甲第4(本訴甲第9)号証記載のものに基づいて、請求項2に記載された本件発明は、同じく審判甲第1~第6号証(本訴甲第2~第4、第9、第6及び第7号証)記載のものに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件特許は、無効とすべきものである。

(b) 特許請求の範囲の請求項1及び請求項2には、その記載に不備があって、この発明の構成に欠くことができない事項が不明瞭であるので、本件特許は特許法36条4項の規定に違反してなされたものであり、無効とすべきものである。

(3)  原告(被請求人)らの審判における主張

(a) 被告は本件発明に抵触する湿気除去装置を製造、販売しているか否か不明であり、製造販売していないならば本件無効審判を請求する利益を有していない。

したがって、被告は原告らに対し利害関係を有せず、請求人適格を有しないので、本件無効審判は却下されるべきである。

(b) 審判甲第1~第4号証には、乾燥剤を加熱、冷却して湿気除去を行う「湿気除去装置」に用いた形状記憶合金加熱の特殊性は全く示されていないし、また、審判甲第5~第6号証には、密閉されている湿気除去装置の内壁に結露が生じないように熱反射板を配置した点が示されていないので、請求項1に係る本件発明は審判甲第1~第4号証記載のものに基づいて、及び請求項2に係る本件発明は審判甲第1~第6号証記載のものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(c) 請求項1の湿気除去装置は湿気除去装置に通電加熱される形状記憶合金を組み合わせた点に特徴を有し、請求項2の記載とともに記載不備はない。

(4)  審決の判断

(a) 利害関係欠如の主張についての審決の判断

被告が審判甲第7号証として提出した「履歴事項全部証明書」によれば、本件無効審判請求人である被告は、横浜市港南区上大岡西一丁目13番8号に本店を有し、「1 自動乾燥装置に関する事業(製造・販売)」等を目的とする株式会性であり、また、審判甲第8号証として提出した被告のカタログによれば、商品名「オート・ドライ」、「スーパードライ」と称する全自動防湿保管庫の総合メーカーであることは明らかである。そして、本件発明は、形状記憶合金を用いた湿気除去装置に関するものであり、これは、被告が製造・販売する前記全自動防湿保管庫と同一技術分野に属するものと認められる。

してみれば、被告は、原告らと同業者の関係にあり、利害関係を有するものと認められるので、原告らの主張は採用できない。

(b) 進歩性欠如の主張についての審決の判断

(ア) 各甲号証の記載

被告が提出した各甲号証には、それぞれ次の事項が記載されている。

審判甲第1号証(本訴甲第2号証)として提出した実願昭57-117900号(実開昭59-24120号)の願書に最初に添付した明細書及び図面を撮影したマイクロフィルム(第1引用例)には、「乾燥剤容器5と、この容器5内に設けた発熱体9と、温度変化によって状態変化を起こす形状記憶合金コイル12と、この形状記憶合金コイルの加熱機構としての前記発熱体と、形状記憶合金コイル12の状態変化によって駆動される庫内外シャッター15、16とより成ることを特徴とする乾燥剤容器。」が記載されているものと認める。

審判甲第2号証(本訴甲第3号証)として提出した実公昭62-2401号公報(第2引用例)には、「11はこのアングル10に一端が固定され、他端が上記ダンパー7の表面中央部に固定されてなる形状記憶合金バネで、12はダンパー7と側壁面3に固定されたバイアスバネであり、13はダンパー7の回転軸である。14は上記形状記憶合金バネ11に通電を制御するスイッチであり、ヒータ加熱もしくはコンベクション加熱とマイクロ波加熱とを切換える切換スイッチ(図示せず)に連動している。」(公報3欄18~26行)、「マイクロ波加熱を行なう場合には、上記形状記憶合金バネ11に直接通電して加熱すると、第4図のダンパー特性図に示されるAの如くバネ力が変化し、」(同欄39~42行)、「マイクロ波加熱のときには形状記憶合金バネ11を通電加熱、またヒータ加熱もしくはコンベクション加熱の場合は、形状記憶合金バネ11を冷却して低温相状態にしてバイアスバネ12のバネ力によりダンパー7を開閉させるものである。」(同4欄1~6行)と記載されている。これらの記載からすると、「形状記憶合金バネに通電することによってこれを加熱する機構と、この形状記憶合金バネの加熱とマイクロ波加熱の2つの加熱をON、OFFする機構とを有するダンパーの開閉手段」が開示されているものと認める。

審判甲第3号証(本訴甲第4号証)として提出した「形状記憶合金の応用と開発」株式会社エス・ディ・シー発行、発行日昭和61年11月15日、93頁及び125頁~130頁(第3引用例)には、「動りを形状記憶合金で吊り、通電加熱して重りを引き上げる機構。」、「電流を流すことによって自己発熱して形状記憶合金バネが変形してダンパを作動させる電子レンジのオーブン庫内換気用ダンパ駆動装置。」が記載されているものと認める。

審判甲第4号証(本訴甲第9号証)として提出した「形状記憶合金とその使い方」日刊工業新聞社発行、昭和62年6月23日初版1刷発行、93頁~95頁、135頁~136頁(第4引用例)には、「形状記憶合金に定格、短絡電流を流すようにしたサーキット・プロテクタ」、「マニピュレータにおけるTiNiワイヤはパルス幅変調により通電加熱される」と記載されているものと認める。

審判甲第5号証(本訴甲第6号証)として提出した実願昭55-182596号(実開昭57-105501)の願書に最初に添付した明細書及び図面を撮影したマイクロフィルム(第5引用例)には、「燃焼筒4の周辺に間隔を隔てて反射板7を設けた送風式石油ストーブ」が記載されているものと認める。

審判甲第6号証(本訴甲第7号証)として提出した実願昭56-85309号(実開昭57-196937号)の願書に最初に添付した明細書及び図面を撮影したマイクロフィルム(第6引用例)には、「棒状赤外線ランプ9の周辺にユニット反射板11を配設した温風こたつ」が記載されているものと認める。

(イ) 請求項1に係る本件発明について

<1> 対比

請求項1に係る本件発明と第1引用例記載のものとを対比すると、第1引用例記載の「発熱体9」、「形状記憶合金コイルの状態変化によって駆動される庫内外シャッター」は、それぞれ本件発明における「加熱機構」、「形状記憶合金の状態変化によって駆動される機構」に相当するものと認められるので、両者は、「乾燥剤容器と、この容器内に設けた加熱機構と、温度変化によって状態変化を起こす形状記憶合金と、上記形状記憶合金の状態変化によって駆動される機構とより成ることを特徴とする湿気除去装置」である点で一致し、次の点で相違する。すなわち、

本件発明は、「形状記憶合金に通電することによってこの形状記憶合金を加熱する機構、上記2つの加熱機構、すなわち、容器の加熱機構と形状記憶合金の加熱機構とをON、OFFする機構」を有するのに対し、第1引用例記載のものは、「形状記憶合金が容器の加熱機構」で加熱されている点。

<2> 判断

前記相違点について検討する。

従来、形状記憶合金の加熱による状態変化を利用した駆動力でダンパー、シャッター等を開閉することは、例示するまでもなく周知のことであり、また、その加熱手段として、形状記憶合金への直接通電加熱、すなわち、形状記憶合金に通電することによってその形状記憶合金を加熱し、その際の形状記憶合金の状態変化を利用した駆動力でダンパー等を開閉することは、第2あるいは第3引用例に記載されているように公知の技術である。そして、第1引用例記載のものも第2あるいは第3引用例記載のものも、形状記憶合金の状態変化を利用した駆動力でもって、ダンパー、シャッター等の開閉を行うものであることを勘案すると、第1引用例記載のものにおける形状記憶合金の加熱手段に代えて、第2あるいは第3引用例記載の加熱手段、すなわち、通電加熱手段を採用し、本件発明のような構成にすることに格別困難性は認められない。

また、形状記憶合金を直接通電加熱する際に、その形状記憶合金単独に通電加熱するのではなく、形状記憶装置を含む装置以外の他の装置と関連づけて形状記憶合金を通電加熱することも第2引用例に記載されているように公知技術であることを勘案すると、本件発明のように、2つの加熱、すなわち、容器の加熱と形状記憶合金の加熱をON、OFFする機構を設けた点にも格別困難性は認められない。

そして、本件発明の作用効果は、第1~第3引用例記載のものから当業者なら当然予測できる範囲内のものと認められる。

したがって、請求項1に係る本件発明は、第1~第3引用例記載のものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(ウ) 請求項2に係る本件発明について

請求項2に係る本件発明は、請求項1に係る本件発明に、「熱反射板を乾燥剤容器の周りに配置」した構成を付加したものである。

しかし、前記したように請求項1に係る本件発明は第1から第3引用例記載のものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、さらに、加熱源からの熱を反射し、加熱効率を増大させるために、あるいは、加熱源を収納するケースに加熱源の熱が伝わらないように、すなわち、ケースの温度が高くならないように、加熱源の周囲に熱反射板を配置することは周知・慣用の技術手段にすぎない(第5、第6引用例参照)から、この周知・慣用の技術を請求項1に係る本件発明に付加して請求項2に係る本件発明のように構成することにも格別困難性は認められない。

そして、請求項2に係る本件発明の作用効果も第1~3引用例記載のもり及び前記周知技術から当業者が当然予測できる範囲内のものと認められる。

したがって、請求項2に係る本件発明も第1~第3引用例記載のもの及び前記周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(エ) 原告(被請求人)らは、審判における答弁書において、次のように主張している。

<1> 第2引用例記載のものは「電子レンジのダンパー装置」に関するものであるから、技術分野が異なる。

<2> 第2引用例記載のものは、電子レンジ内に形状記憶合金を加熱するために利用できる熱源を全く有していないのに対し、本件発明は、乾燥剤を再生するための加熱源をそのまま形状記憶合金の加熱に利用できるものであり、また、形状記憶合金は乾燥剤の加熱と同期して作動されるものであるから、第2引用例記載のものを第1引用例記載のものに組み合わせることは容易には考えられない。

<3> 第5、第6引用例記載のものには、結露を防止するための「熱反射板」について記載されていないので、第1引用例記載のものに組み合わせることは容易になし得る程度のことではない。

この原告らの主張について検討すると、

<1>の主張については、第2引用例記載のものは、確かにその用途は電子レンジではあるが、電子レンジの筐体の側壁面に設けた通気口の開閉手段に関するもの、すなわち、形状記憶合金の状態変化を駆動源とするダンパーの開閉手段に関する技術的事項について開示されていることは明らかである。そして、第1引用例記載のものも、湿気除去装置の筐体の壁面に設けた湿気除去のための開口を開閉するシャッターの開閉手段に関するものであり、特に、形状記憶合金の状態変化を駆動源とするシャッターの開閉手段に関するものである。

してみれば、第1及び第2引用例記載のものは、「電子レンジ」、「湿気除去装置」という具体的な用途においては相違するものの、両者は、筐体の壁面に設けた通気口の開閉手段に関するもの、特に、筐体の壁面に設けた通気口の開閉が形状記憶合金によって駆動されるダンパーあるいはシャッターで行われるものである点で、機能上共通しているものと解することができる。

したがって、原告らの主張は採用できない。

<2>の主張については、請求項1及び請求項2には、乾燥剤を再生するための加熱源をそのまま形状記憶合金の加熱に利用できる構成及び形状記憶合金の加熱と乾燥剤の加熱とを同期して作動させる構成が記載されているとはいえず、原告らの主張は、請求項に記載された技術的事項に基づかない主張であって、採用できない。

<3>の主張について、(ウ)(請求項2に係る本件発明についての判断)に記したように、加熱効果を増大するために、あるいは、加熱源を収容するケースの温度が高温にならないように、加熱源の周囲に熱反射板を設けることは周知・慣用の技術であり、その周知例として前記第5、6引用例が挙げられているものと認められる。そして、前記周知・慣用技術においても(前記周知例においても)、熱反射板は、熱を反射する機能を有するものであるから、熱反射板を挟んで加熱源とは反対側に位置する外側のケース(前記周知例においては、「筐体1」、「ユニット天板(10)」)の温度を低く維持することができるという機能を有することは当然のことである。してみれば、加熱源とケースとの間に熱反射板を有するものの設置場所によっては、つまり、ケース内外で大きな温度差があるような場所では、熱反射板は、ケースへの結露防止という機能をも有することは自明のことである。

したがって、前記周知例に「結露防止」に関する事項が明記されていないとしても、前記周知技術を第1引用例記載のものに組み合わせることについては何ら困難性は認められず、原告らの主張は採用できない。

(5)  審決のむすび

以上のとおりであるから、請求項1に係る本件発明は、第1~第3引用例記載のものに基づいて、請求項2に係る本件発明は第1~第3引用例記載のもの及び周知・慣用技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法36条4項違反についての被告の主張を検討するまでもなく、本件特許は、特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであり、特許法123条1項2号の規定に該当し、その特許を無効とする。

第3  原告ら主張の審決取消事由

審決は、本件発明と第1引用例との間の相違点に関する容易推考性の判断を誤り、本件発明の進歩性を誤って否定したものであるから、取り消されるべきである。

1  取消事由1(通電加熱手段に係る相違点の判断の誤り)

審決は、請求項1に係る本件発明についての判断の中で、「第1引用例記載のものにおける形状記憶合金の加熱手段に代えて、第2あるいは第3引用例記載の加熱手段、すなわち、通電加熱手段を採用し、本件発明のような構成にすることに格別困難性は認められない。」と判断したが、誤りである。

(1)  まず、審決が判断したように、第1引用例に記載の乾燥剤加熱手段に代えて形状記憶合金コイルを通電加熱手段として用いると、これのみでは乾燥剤を十分に加熱することができないため、湿気除去装置としては使用できず、本件発明の構成にはならない。

そして、本件発明は、第1引用例に第2又は第3引用例を適用しても得られないものである。以下、詳述する。

(2)  本件発明は、乾燥剤を加熱するための加熱手段を有する湿気除去装置において、上記加熱手段によってシャッター等の機構を駆動するための形状記憶合金を加熱した場合の不都合を解決するためになされたものである。つまり、本件発明の特徴は、本来利用できる加熱機構があるのにもかかわらず、別に形状記憶合金用の加熱手段を設け、これを通電加熱としたことにある。

第1引用例に示されるような従来の乾燥剤再生時の熱で形状記憶合金を動作させるものでは、乾燥剤が熱せられた後に形状記憶合金が熱せられるので、乾燥剤から水分が出る前にシャッターを切り替えるのが遅れたり、形状記憶合金は、その変態点(動作点)温度以上でこれより約20℃以下の温度である約60~70℃で使用するのが好ましいにもかかわらず、乾燥剤加熱手段で加熱すると、乾燥剤の再生温度の約150℃近く迄昇温されて寿命を短くしてしまうという不都合が生じる。これに対して、本件発明においては、形状記憶合金に直接通電して自己発熱せしめるようにしたので、乾燥剤加熱手段が加熱される初期において乾燥剤の熱には直接左右されず、加熱は通電電力によってコントロールできるので、好ましい時点で素早くシャッターを切りかえることができるとともに、加熱温度をコントロールできることから、通常の寿命で使用できるという作用効果が得られる。

(3)  被告は「本件発明のような湿気除去装置において別に形状記憶合金に通電して加熱する手段を設けるようにしても、湿気除去装置の作用効果においては実質上意味をなさない。」と主張するが、第1引用例に示されるような従来のものでは、乾燥剤加熱用の加熱手段によって加熱される形状記憶合金の温度は乾燥剤容器の温度上昇に比例して上昇し、その作動温度に達する頃は乾燥剤から水分放出が始まってしまうから、この水分放出が始まる前に形状記憶合金を別途通電により加熱してその作動を早めるということには、格別な技術的意味がある。

(4)  一方、第2、第3引用例に記載のものは「電子レンジのダンパー装置」に関するものであり、本件発明の「湿気除去装置」とはその技術分野が相違し、この電子レンジ内には形状記憶合金を加熱するために利用できる熱源を有していない。

そして、上記第2、3引用例には、例えば乾燥剤加熱手段のような他の加熱手段によって形状記憶合金を加熱した場合の不都合の点、また、この不都合を解決するため形状記憶合金を通電加熱するなどの点は全く記載されていない。したがって、形状記憶合金を上記乾燥剤加熱手段とは別個の加熱手段で加熱することは発想できず、さらには、通電加熱を適用して請求項1に係る本件発明を得ることは当業者にとって容易にはなし得ないことである。

(5)  審決は、「請求項1及び請求項2には、乾燥剤を再生するための加熱源をそのまま形状記憶合金の加熱に利用できる構成及び形状記憶合金の加熱と乾燥剤の加熱とを同期して作動させる構成が記載されているとはいえず、原告らの主張は、請求項に記載された技術的事項に基づかない主張であって、採用できない。」と判断しているが(原告らの主張<2>に対する判断)、誤りである。

すなわち、本件発明はその明細書中に記載した従来(第1引用例)の湿気除去装置の不具合を改良するためになされたもので、本件発明の特許請求の範囲に記載されている構成「容器内に設けた加熱機構」は、形状記憶合金の加熱に利用できるものであり、また、請求項1に「2つの加熱をON、OFFする」との記載は「同期作動」を示しているもので、いずれも請求項1に記載された技術的事項に基づいた主張である。

2  取消事由2(熱反射板に係る相違点の判断の誤り)

審決は、請求項2に係る本件発明についての判断の中で、「加熱源の周囲に熱反射板を配置することは周知・慣用の技術手段にすぎない(第5、第6引用例参照)から、この周知・慣用の技術を請求項1に係る本件発明に付加して請求項2に係る本件発明のように構成することにも格別困難性は認められない。」と判断しているが誤りである。

すなわち、第5、第6引用例に記載された「熱反射板」は、湿気が充満するようになる湿気除去装置に用いられているものではなく、また、温度差によって生ずる結露を防ぐために特に設けられたものでもないから、これを直ちに第1~第3引用例に適用して請求項2に係る本件発明を構成することはできない。

第4  審決取消事由に対する被告の反論

審決の認定判断は正当であって、原告ら主張の誤りはない。

1  取消事由1について

(1)  本件発明は、形状記憶合金コイルが温度によって伸縮するのを利用し、シャッターを開閉することによって庫内の湿気を除去するものであり、形状記憶合金を加熱する目的及び作用効果は、第1引用例に記載のものと基本的に差異はない。

(2)  形状記憶合金の加熱による状態変化を利用し、その加熱手段として形状記憶合金に通電することによって、その状態変化を利用した駆動力でダンパー等を開閉することは、第2、第3引用例に記載されており、公知の技術である。

また、形状記憶合金に関する技術は汎用性のある技術であり、形状記憶合金に通電することによって加熱することも、多くの技術分野で行われているものである(乙第1号証(「形状記憶合金の応用と開発」株式会社エス・ディ・シー、昭和61年11月15日発行)の目次参照)。

(3)  したがって、本件発明及び第1引用例の湿気除去装置と第2、第3引用例の電子レンジとは、形状記憶合金を適用する技術分野こそ相違するものの、その相違は単に応用分野の差異にすぎず、第2、第3引用例に応用されている形状記憶合金への通電加熱によってダンパー等を開閉する公知技術を、湿気除去装置の庫内シャッター15、16を開閉するための形状記憶合金の加熱手段として通電加熱を適用することは、当業者が容易になし得ることである。特に本件発明の容器内の乾燥剤加熱機構の加熱が通電によるものであることを考えると、一層容易に適用し得ることである。

(4)  形状記憶合金への通電加熱の作用効果、つまり短時間で加熱されるという作用効果それ自体は、当業者の技術常識に属する。

また、乾燥剤加熱時の温度上昇は、通常は伝熱体及び乾燥剤自体の熱容量があるため、その速度は最初の2~3分では20℃(常温)から30℃~40℃程度であり、通常吸着水分を直ちに排出する温度にはならない。このため、通電から2~3分では間接加熱方式で湿気が庫内へ逆流するという性能上の問題はない。

したがって、形状記憶合金を別途通電により加熱してその作動を早める点に格別の技術的意味はない。

(5)  「2つの加熱をON、OFFする機構」に関連する明細書の記載にも、従来技術に比べて新規なところはない。

2  取消事由2について

熱源から出た熱の加熱効果を増大するために、熱反射板を配置することは周知である(例えば、第5、第6引用例参照)。したがって、乾燥剤容器の加熱効果を増大させるために、熱反射板を乾燥剤容器の周りに配置した点に格別の発明力はない。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由1について

(1)  甲第8号証(本件特許出願公告公報)によれば、本件発明の明細書の発明の詳細な説明に、本件発明の技術的課題、効果等について以下の記載があることが認められる(別紙図面参照)。

〔産業上の利用分野〕として、

「本発明は湿気除去装置、特に形状記憶合金を用いた湿気除去装置に関するものである。」との記載(1欄12~13行)。

〔従来の技術〕として、

「(従来の)湿気除去装置においては形状記憶合金コイル12が発熱体9によって加熱されその温度が変態点(動作点)を越えたとき上記形状記憶合金コイル12が縮みレバー3を介して庫内シャッター15が閉じ、庫外シャッター16が開き乾燥剤に吸収されていた水分が蒸発され、タイマー2による所定時間経過後加熱が停止され、形状記憶合金コイル12の温度が変態点以下となったとき上記形状記憶合金コイル12が伸び引張りバネ17の作用によりレバー3を介して庫内シャッター15が開き、庫外シャッター16が閉じ、乾燥剤が吸湿を開始し、以下この作動が繰り返される。」との記載(2欄11行~3欄6行)。

〔発明が解決しようとする課題〕として、

「然しながら、このような従来の湿気除去装置では乾燥剤加熱用の発熱体9によって形状記憶合金コイル12を加熱する構成であるため形状記憶合金コイル12がその変態点(動作点)である70℃より十分高い150℃以上に迄加熱され、従って寿命が短く使用限度が約5,000回~10,000回程度と少ない。

又このような従来の湿気除去装置では乾燥剤に吸収された湿気を除去するためこれを加熱した場合、乾燥剤容器5内の温度に比ベケース1内の温度が数10℃低いため除去された水分がケース1の内壁に結露して種々の不都合を来す欠点があった。

本発明はこのような欠点を除くようにしたものである。」との記載(3欄8~19行)。

〔発明の効果〕として、

「本発明の湿気除去装置によれば形状記憶合金コイルの最大温度を下げてその寿命を延ばし得ると共に、ケース内の結露を未然に防止出来る大きな利益がある。」との記載(4欄21~24行)。

(2)  本件明細書の上記記載によれば、請求項1に係る本件発明の湿気除去装置は、形状記憶合金コイルを加熱する温度を低くしてその寿命を延ばすことを目的にして、従来の乾燥剤加熱用の発熱体によって形状記憶合金コイルをも加熱する機構に代えて、形状記憶合金に通電することによって直接これを加熱する機構とするものであり、これによって、形状記憶合金コイルの変態点(動作点)近傍の低い温度で加熱動作させ、必要以上に加熱させないことにより、形状記憶合金コイルの寿命が延びるとともに、湿気除去装置の形状記憶合金コイルの発熱温度が低いためにケース内壁に水蒸気が結露することを未然に防止できるようにしたものであると認めることができる。

(3)  第1引用例に「乾燥剤容器5と、この容器5内に設けた発熱体9と、温度変化によって状態変化を起こす形状記憶合金コイル12と、この形状記憶合金コイルの加熱機構としての前記発熱体と、形状記憶合金コイル12の状態変化によって駆動される庫内外シャッター15、16とより成ることを特徴とする乾燥剤容器。」が記載されていることは原告らも争っておらず、請求項1に係る本件発明との間の一致点、相違点に関する審決の認定も、原告らの争わないところである。

審決が「各甲号証の記載」の項において認定した第2引用例及び第3引用例の記載内容も原告らにおいて争わないところであり、これによれば、「形状記憶合金への直接通電加熱、すなわち、形状記憶合金に通電することによってその形状記憶合金を加熱し、その際の形状記憶合金の状態変化を利用した駆動力でダンパー等を開閉することは第2あるいは第3引用例に記載されているように公知の技術である。」との審決の認定事実を認めることができるし、また、その形状記憶合金の直接通電加熱手段は、一般的に利用されているものとも認められる。

そして、この際、形状記憶合金コイルをその変態点(動作点)近傍の適正温度で加熱動作させることも技術常識であって、形状記憶合金の特性として、その変態点(動作点)近傍の適正温度を大幅に越えて過熱すると不都合が生じるから、このようなことを避けるべきであることは、形状記憶合金を利用する当業者が普通に認識していた事項と当然に認めることができる。

したがって、第1引用例の形状記憶合金の加熱手段として、第2あるいは第3引用例に記載されている形状記憶合金の直接通電加熱手段を採用し、請求項1に係る本件発明のような構成とすることは当業者が容易に想到するところと認められ、また、本件発明の上記効果も、このような容易に想到することができるところから予測し得る範囲内のものにすぎず、格別のものではないと認められる。

(4)  原告らは、審決が原告らの主張<2>についてした判断を誤りであると主張し、その理由として、「本件発明はその明細書中に記載した従来(第1引用例)の湿気除去装置の不具合を改良するためになされたもので、本件発明の特許請求の範囲に記載されている構成のうちの「容器内に設けた加熱機構」は、形状記憶合金の加熱に利用できるものであり、また、請求項1に「2つの加熱をON、OFFする」との記載は「同期作動」を示している。」と主張する。

しかしながら、まず本件発明の請求項1の記載によれば、「加熱機構」とは「乾燥剤容器と、この容器内に設けた加熱機構」と規定されるのみであり、形状記憶合金の加熱に利用できるものとは記載されていないし、温度変化によって状態変化を起こす形状記憶合金についての「これを加熱する機構」と上記「容器内に設けた加熱機構」とは別の機構であることが、本件発明の特許請求の範囲の上で明確に規定されている。したがって、審決が、原告らの主張<2>に対する判断の中で、本件発明の請求項1及び請求項2には「乾燥剤を再生するための加熱源をそのまま形状記憶合金の加熱に利用できる構成」が記載されていないと判断した点に誤りがあるとすることはできない。

また、本件発明の請求項1に記載の「2つの加熱をON、OFFする」の意味は必ずしも明らかではないので、直ちに原告らの上記主張を採用することはできないが、本件発明の請求項1の記載及び前記(1)で認定した本件明細書の記載によれば、本件発明においては、乾燥剤を加熱してこれに吸収されていた水分を蒸発除去するときに、形状記憶合金の作動によってシャッターの開閉駆動を行うことになるので、2つの加熱機構を関連して作動させることは必須の事項であり、「2つの加熱をON、OFFする」とは、原告らのいうような同期作動を示していると解することも可能である。しかしながら、そのように解するものとしても、このような技術事項は、当業者が当然考慮すべき技術事項にすぎないことはいうまでもなく、この点をもって、審決で摘示された原告らの主張<2>にあるように、第2引用例記載のものを第1引用例の記載のものに組み合わせることが容易でないとすることはできない。

なお、原告らは、取消事由1の(1)において、審決のように、第1引用例の乾燥剤加熱手段に代えて形状記憶合金コイルを通電加熱手段として用いると、これのみでは乾燥剤を十分に加熱することができないため、湿気除去装置としては使用できず、本件発明の構成にはならないと主張するが、審決は、第1引用例の技術内容につき、「乾燥剤加熱手段に代えて」ではなく、「形状記憶合金の加熱手段に代えて」として、別途加熱する対象を認定しているのであり、原告らの主張は理由がない。

(5)  以上のとおり、取消事由1は理由がないというべきである。

2  取消事由2について

(1)  甲第8号証によれば、本件発明の明細書に、実施例の記載として、熱反射板につき以下の記載のあることが認められる。

「乾燥剤容器5の外周とケース1の内壁間に両者から離間してアルミニウム等の熱反射板20を介在せしめる。」(4欄12~14行)

「乾燥剤容器5より出た熱が熱反射板20によって乾燥剤容器5に反射されるため加熱効果を増大出来、且つケース1の温度を低下出来、従ってケース1の材質として一般にその使用限界温度が70℃程度である通常のABS樹脂を用いることが出来る。」(4欄15~19行)

これらの記載及び前記1(1)で認定した本件明細書の発明の詳細な説明における、発明の効果の記載によれば、請求項2に係る本件発明の「上記乾燥剤容器の周りに配置された熱反射板を有する請求項1記載の湿気除去装置」とは、乾燥剤容器5の外周とケース1の内壁間に両者から離間して熱反射板20を介在せしめることで、乾燥剤容器5より出た熱を乾燥剤容器5に反射させて加熱効果を増大でき、かつケース1の温度を低下できるためケース内の結露を防止できるものと認められる。

(2)  一方、審決認定のとおり、第5引用例に「燃焼筒4の周辺に間隔を隔てて反射板7を設けた送風式石油ストーブ」が記載され、第6引用例に「棒状赤外線ランプ9の周辺にユニット反射板11を配設した温風こたつ」が記載されていることは、原告らも争わないところであり、これら第5、第6引用例に記載のものにおいて、熱反射板を設ける技術的意義は、加熱源から放射される熱を反射させ所定の加熱効果を増大させるとともに熱反射板の背後に熱が放射蓄積されることを防止することにあり、これは、当然に技術分野を問わない周知慣用の応用技術と認めることができる。

(3)  そして、請求項2に係る本件発明の湿気除去装置においても、熱反射板の技術的意義は、熱を反射させて加熱効果を増大し、背後のケースの温度の上昇を抑えて低下させ得ることにあるから、上記周知慣用の熱反射板の意義及び作用効果と差異がなく、同時にケース内の結露を防止することができることも、当然予測できる範囲内のことと認められる。

つまり、本件発明における熱反射板の採用は、この湿気除去装置にしかみられない特異な現象に対処するものではなく、当業者が熱源に対処する一般的な技術課題を解決するために適宜なし得る程度のもので、単なる設計的事項にすぎないというべきである。

(4)  したがって、審決が、「加熱源の周囲に熱反射板を配置することは周知・慣用の技術手段にすぎないから、この周知・慣用の技術を請求項1に係る本件発明に付加して請求項2に係る本件発明のように構成することにも格別困難性は認められない」旨判断した点に誤りはなく、取消事由2も理由がない。

第6  結論

よって、原告らの請求は理由がないので、棄却すべきである。

(平成11年5月13日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

別紙図面

<省略>

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